2012年03月16日

気づかいと気づきについて考える

こんにちは。ベックです。今日も「ワクワク」していますか?


さて昨日紹介した上田比呂志氏の本の内容について、どこか引っかかるところがあったので

じっくりと考えていました。

気づかいについて考える〜ディズニーと三越で学んできた日本人にしかできない「気づかい」の習慣〜

そうしましたら先ほど自分の中で理解できたので、今日はそのことを紹介します。


わたしは「気づかい」が人を不自由にする元凶と考えています。

理由としては、「気づかい」をするには「他人の目を気にすること」が少なからず必要と

考えるからです。

そんな中、上田氏の本を読んだのですが、内容としては実にしっくりとくるのです。

ですからとても違和感を感じました。上田氏の言う「気づかい」は自分と他人を幸せにします。

自分の考え方を見つめ直す良い機会なのかもしれない、と思い、じっくりと考えました。

・・・・・・。



そうか。上田氏の「気づかい」とはわたしの考える「気づき」と同じ感覚なのだと。


辞書においての意味を調べましょう。

気づかい:あれこれと気をつかうこと。心づかい。

気づき  :そこまで見落としていたことや問題点に気づくこと。


全然違う意味ですね。

しかし上田氏の本を読むとこのように理解できます。

〜日本人には特有の感性がある。その感性を活かすことで、日本人にしか

できない「気づき」を得ることができる。人はその「気づき」を得た時に、

自然と「気づかい」ができるようになる。それが「日本人にしかできない気づかい

の習慣」である〜

これはわたしの個人的な解釈です。

でもわたし自身はしっくりきました。


要するに「気づかい」ありきで考えると不自由な生き方になるのですが、

先に「気づき」があれば―自然に―「気づかい」ができるようになるから

なんら不自由ではないのですよ、ということです。


言い換えると、日本人の特有の感性を上手く利用してライフスタイルを

磨きましょう!とわたしには感じられたということです。


「気づき」を得ることはライフスタイルを磨くことになります。

そのことで自分が自然に振る舞える「気づかい」を行なうことは

とても自由な生き方です。

自分のライフスタイル以上の「気づかい」は自分を苦しめます。

無理のない程度の「気づかい」で充分なのです。

日々ライフスタイルを磨いていけば、自分の「気づかい」の幅が

どんどん広がっていくので、より「ワクワク」できると思います。


あ、それと重要なのは「行き過ぎた気づかい」は他人の「気づき」を

奪う可能性があるので、おすすめできません。

要は「おせっかい」になってしまうのです。

ですから「気づかい」は相手に気づかれない程度に行なうことが

理想ですね。

そうすると皆が「楽」に生きることができる考えます。


どうでしたか?


さてこれからわたしは3月20日に65歳になる母親に、誕生日プレゼントを

買いに行ってきます。

なにを送ったら母親が喜ぶかを「ワクワク」しながら選んできますね!
 
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タグ:アドラー
posted by ベック at 11:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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